『劇場版アイカツ!』は恋の物語

アイカツ!』はずっと恋の話をしてこなかった。11話の「おとめは誰かに恋してる」は、有栖川おとめが、掃除のお兄さん(涼川さん)を四六時中見つめていて、周囲の人間は、もしや恋では!? と戦々恐々とする話だけど、これは実は涼川さんがしている猫のペンダントに一目惚れしていた、というものだった。それ以降、アイカツに恋の話はなかった。*1
 三番目のED曲「オリジナルスター☆彡」の歌詞も、
〈恋もちょっぴり憧れるけど
 OH!! スキャンダルは問題外〉
 といっているし、アイカツは意図的に恋を避けてきたのだろう。

『劇場版アイカツ!』は、星宮いちごスペシャルライブ「大スター宮いちごまつり」を行うその過程と、ライブ、そして(すこしだけど)そのあとを描いたものだ。
 いちごはスペシャルライブの会見で、「見てくださった方がすてきな明日をむかえられるような、そんなステージにしたい」という。いちごはアニメでもファンに笑顔になってほしい、お腹いっぱいになってほしい、といっているから、今回のライブもいつものいちごといった感じだ。
 ライブの会場は、いちごがアイドルになろうと思ったきかっけの神崎美月のライブがあったスターライズスタジアムで、思い入れのある場所だった。だからいちごは美月にも一緒にステージに立ってほしい、と美月にいう。
 でも美月はいちごに、私はステージには立てない、いちごにスペシャルライブを成功してもらって、私からトップアイドルの座を奪ってほしい、奪われたい、と引退宣言をする。いちごは美月が決めたことだからとなにもいえない。*2
 いちごはステージに一緒に立てないが、美月のためにもすばらしいライブにしたいと思う。いちごは美月がライブ専用の曲を作ってもらったことから、自分もライブ専用の曲を作ってもらうことに決める。
 そこで作ってもらうことにしたのが、恋愛の歌を歌うシンガーソングライターの花音だった。*3
 でも花音は自分のことを歌っているので、だれかのための曲を書いたことがない、と渋った。そこでいちごが、じゃあ私のことを知ってください*4、と「オリジナルスター☆彡」をソレイユの三人で踊る。*5
 そのいちごの歌と踊りによって花音は心を動かされ、歌を作ることに決める。花音はいちごとの話で、恋愛の歌ではなく、ひとびとに前向きに生きよう、というメッセージを伝える歌だと理解し、仕事にかかる。

 新主人公の大空あかりは憧れのいちごのために「大スター宮いちごまつり」を手伝っている。いちごの周りには、早朝であるにも関わらずミーティングに参加する仲間がいる。それぞれがうまく噛み合ってライブが作られていく様を見て、あかりは感動しきりだった。
 あかりはずっといちごに憧れている。その憧れは、最初はテレビ越しにいちごを見たときの感情で、あんなみんなに笑顔を与えられるアイドルになりたい、というものだった。でもいまはスターライト学園に入学しいちごを間近で見たので、アイドルとして、人間として、いちごのように仲間と関係し合って仕事をする、というその姿に憧れているように見える。
 あかりは最初、いちごに憧れるあまりいちごの真似をしていた。でもあかりは「オリジナルスター」を目指すようになる。その変化と同じように、いちごへの憧れは変わっている。*6

 花音は「輝きのエチュード」の仮歌をいちごのもとに持って来る。でもいちごはその歌詞に納得できない。花音はいちごに実は絶対に思いを伝えたい相手がいることに気づく。
 いちごは美月にどうしても思いを伝えたかった。夢を教えてくれた美月に感謝をしたかった。いまの私になるためのきっかけをくれた美月に感謝をいいたかった。
 花音はそんな感情を、恋に似た感情だね、という。あかりもその気持ちはよくわかった。いちごに抱く気持ちと同じだったから。
 そうして出来上がったのが「輝きのエチュード」だ。
〈はじまりの予感は 少しだけ臆病 手をつないでほしい〉
 恋から勇気をもらうといった内容の歌詞だ。
 これこそが『劇場版アイカツ!』のテーマであり、『アイカツ!』のテーマだ。
 憧れは恋と似ている。恋という感情は力があって、ふだんでは二の足を踏むようなことも、恋によって一歩を踏み出せる。
 私たちは新しいことには臆病で、自分だけの力では臆病を克服できないこともある。アイカツはそれを、憧れや恋で一歩踏み出すのだ、という。そしてその憧れとは、あかりがしたようないちごの模倣、というようなものでもいい。そして一歩踏み出してから私たちは「オリジナルスター」になればいい。
「輝きのエチュード」とは、輝くための練習という意味だろう。
でも「あこがれは力」とはアニメでも描いたことだ。映画は一歩踏み出したあとのことも描いた。

 美月が見に来ないままスペシャルライブははじまる。いちごが美月にどうしても思いを伝えたいことを知っているあかりは美月を捜しに行き、ライブに連れてくることに成功する。
「輝きのエチュード」を見た美月は、いちごと共にステージに立つことに決め、あかりもステージへと誘う。三世代のアイドルが一緒にステージに立つのだ。
 美月はライブのあと、トップアイドルというしがらみから自由になったという。そして、いちごのライブによって、またアイドルをやりたい、という。
 いちごが美月に憧れるという一方通行の思いが、ここでやっと双方向になる。憧れという思いが、憧れた相手に影響するという、このうえもない祝福だった。
 そしていちごはあかりに、ここまで登っておいで、という。あかりはもちろん、はい、と返事をする。ここでいう登っておいでというのは、トップアイドルにまで登っておいで、という意味もあるかもしれないが、あかりにとってはそれ以上に、いちごと仲間との幸せな関係や、恋が成就するということ、それを意味している。

 恋が成就する。憧れによって踏み出した一歩、その道を歩き通すということ。それはきっと大変な道だ。でも大変な道だから、最初の一歩が怖いからこそ、憧れという力が、ずっと自分を支えてくれる。

 夢を追いかけるひとに、憧れだけじゃどうにもなんないよ、というひとがいる。たしかにそれはその通りだ。でも、だからといって憧れを捨て去る必要はない。憧れは一歩を踏み出すための力であり、そのあとずっと自分を支えてくれるものでもある。
 きみはいったい、憧れているひとのようになりたいから夢を追いかけてるの? それともそれがやりたいから夢を追いかけてるの? と問うひともいる。前者を悪し様にいうのはいい。それだけをずっと持ち続けているのはよくない。でも、憧れているうちに「オリジナルスター」になればいい。ただ、それだけのことで、ただそれだけのことをちゃんといえるひとがどれだけいるだろう。
アイカツ!』は、ただそれだけのことをちゃんといっている。それが、夢を追いかけているひとや、夢を追いかけようとしているひとに、いやもっといえば、人生を生きようとしているひとに、どれだけの希望を与えるのだろう。


アイカツ!1stシーズン Blu-ray BOX1
劇場版 アイカツ!ボーカル集 輝きのエチュード

*1:もしかして11話は、アイドルに恋という感情はあるが、それは男性に向くものではない、という意味だったのかもしれない、といまこの文章を書いているときに思った。

*2:ここの演出が、いちごが指や爪をいじる、といういままでアニメで一度もやったことがないもので、びっくりした。いちごがそのような仕草をするのは、覚えている限り一度もない。

*3:蘭が、恋愛の歌が得意なんだな、というようなことをいっていて、蘭の持ち曲の「Trap of Love」を思い出してにんまりした。「Trap of Love」の歌詞は明らかに恋愛の歌だ。しかもかわいい。

*4:私のことを知ってください、とは、恋愛ものではよくある台詞で、こういうところからも、この映画は恋をテーマにしているとわかる。

*5:ちなみにCGのダンスシーンが制服だったのも、今回がはじめてのことだったと思う。映画はアニメでやれなかったことをやった感じがする。でもそれは無理矢理ではなく、自然に溶け込んでいる。

*6:過去に書いた記事を参考に。 ぼくたちは、いちごちゃんたちが歌う歌から希望をもらった - 転々し、酩酊