転々し、酩酊

すなわち、世界ではまだ何一つ最終的なことは起こっておらず、世界の、あるいは世界についての最終的な言葉はいまだ語られておらず、世界は開かれていて自由であり、いっさいは未来に控えており、かつまた永遠に未来に控え続けるであろう、と。(『ドストエフスキーの詩学』P.333)

セレクトショップ化する大型書店

「お宅は本でなくて、偏見を売っているんですか?」についての屋代聡氏とカワイ韓愈ドロップ氏のやりとり - Togetterまとめ

「お宅は本でなくて、偏見を売っているんですか?」 - 駄文
という、まとめを受けて書かれた記事。

このふたつに触発されて書いた文章です。


 書店は本を売るだけじゃなくて、文化を発信しているので、単純に売れる本だけを売ればいいというわけではない。もちろんじゃあ、雑然と本を並べるだけでは売れないというのを悟ってうまれたのが、セレクトショップだ。
 だが、セレクトショップだけ存在しているのではやはり偏ってしまうので、それを補うために、大型書店はなおさら客観的に書籍を置かなくてはならない。だが、その大型書店がひとつの思想にのっとって本を置き始めたらどうなるのだろう。
 この場合で一番怖いのが、「資本主義なのだから、なにをどう売ろうが自由だ」という主張が、売り手にも"買い手"にもあるということだ。
 だから偏った思想を押しつけられる、"買い手"である我々は、なぜか自らの意志で売り手の行為を容認してしまうのだ。

 その片鱗が先のまとめで垣間見られると思う。