転々し、酩酊

すなわち、世界ではまだ何一つ最終的なことは起こっておらず、世界の、あるいは世界についての最終的な言葉はいまだ語られておらず、世界は開かれていて自由であり、いっさいは未来に控えており、かつまた永遠に未来に控え続けるであろう、と。(『ドストエフスキーの詩学』P.333)

なぜブログを読むのか

 たぶん小説やエセーを読むのと同じ感覚である。むしろ、ブログとエセーなんて同一であると言ってもいい。
 他人の書いた文章を読むのはなぜだろう。はっきり言って自身にとって有益だからである、としか言いようがない。娯楽としてしか読んでいない、なんてことはありえない。
 ゲラゲラ笑えるブログがあったとする、それは笑える以外なにも有益ではないが、ものすごくアクセスを集めている。なぜか。ストレス発散になるからだ。
 なにが言いたいかというと、本を読む人が少なくなったのは、インターネット上で他人が書いた文章を手軽に読めるようになったからなんだよ!
 俺はエッセイが好きじゃない。「エセー」と、ちょっと気取って書かないと書きたくない程度には好きじゃない。何気ない文章、筆者が筆者に向けて書いた文章、ただの日記、という体で書いてあるのに、そこにはどこか読者になにか感じてほしいという意図が含まれているように感じるからだ。
 小説ならばそういう意図ははっきりしている。私小説はなんだろね、あれ。大嫌い。
 
 俺が書いているこれはどういう文章なのだろうか。


「エッセイ」