転々し、酩酊

すなわち、世界ではまだ何一つ最終的なことは起こっておらず、世界の、あるいは世界についての最終的な言葉はいまだ語られておらず、世界は開かれていて自由であり、いっさいは未来に控えており、かつまた永遠に未来に控え続けるであろう、と。(『ドストエフスキーの詩学』P.333)

「のどじまん ザ!ワールド」が大嫌い!!

 今日やってた、この「のどじまん ザ!ワールド」とかいう番組、とてつもなく嫌い。もちろん外国のひとが日本のドマイナーな曲を好きだって言ってくれて、しかも歌ってまでくれるのは嬉しい。
 しかし、なんでこの曲が好きなのか、とかいう本人の掘り下げがほとんどないのはおかしい。日本の曲が好きだっていうことを紹介すべきなのに、歌の巧拙を競わせるのはおかしい。精神性で見るべきなのに、技巧的な部分を強調しすぎだ。
 そして、精神性で見るとなると、その優劣なんてだれにもわかりようなんかないから、競わせるなんて無意味になってしまう。つまりこの「のどじまん」というのと、日本の曲が好きだという外国人に歌わせる、というのはうまく合致していない。
 こんなトーナメント戦なんかにせず、彼(彼女)たちがどれだけその曲が好きかというのを掘り下げて、そして歌ってもらう。というのが一番よいはずだ。
 もちろんぼくは平等主義者でもなんでもないし、競争なんてとんでもない! 平和な番組にしろ! と言っているわけではない。歌に優劣など存在しないと言いたいだけなのだ。もちろん「歌唱力」を競うための「のどじまん」は存在してもよいし、商業の世界ではうまいひとのほうが儲かるといった事情もある。
 ……まあ、この「のどじまん ザ!ワールド」に出てメジャーデビューをしたひともいるというぐらいなのだから、(あたりまえだが)この番組は商業である。商業である、ということを考えると「のどじまん」というのはさもありなん。

「わたしたちがニッポンの名曲を歌います!」
いま、「日本の歌謡曲」、「J-POP」に惚れこんだ外国人たちは、インターネットを使い、日本への“絆”や“日本愛”を「歌」によって発信しています。
そこで世界中から日本の歌を愛する外国人を招き、日本への思いを歌で伝えてもらうと同時に「SONG FOR JAPAN のどじまんザ!ワールド」を開催。
「世界一日本の歌がうまい外国人」が決定します。
(公式サイトより 2013/10/05)

 日本への思いを歌で伝えてもらうと同時に、金稼ぎもしまっせ、ということがこの番組の理念である。まあ世の中資本主義だし、無償の愛なんて信じてるひとなんてほとんどいないし、「金がかかってるからこそ、その愛を信じられるんだろうが」とかいうひともいるし。

 歌謡曲ばっかりとりあげられるのもなんだか気に入らないんだよなあ。歌謡曲以外の曲は日本の曲ではないのか?